2009年06月22日

禹(う、紀元前2070年頃)は

禹(う、紀元前2070年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は、文命(ぶんめい)、大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒(じ)、夏王朝創始後、氏を夏后とした。

父は、鯀であり、鯀の父は、五帝の1人である帝顓頊である。従って、禹は、帝顓頊の孫である。また、帝顓頊は黄帝の孫であるので、禹は、黄帝の玄孫にもなる。

塗山氏の女を娶り、啓という息子をなした。

禹は人徳を持ち、人々に尊敬される人物であった。また、卓越した政治能力を持っていた。しかし、それでいて自らを誇ることはなかった。もっとも伝説的な人物であるから、このような聖人として描かれるのであろう。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
ウサギの秘密
めの付く言葉
音楽歴史
まの付く言葉
バレンタインデー
たばこ禁煙
酒に飲まれて
皮膚科学
為替
アーチェリー
ボイスドラマ
九州
カポエラ
ビオトープ
縄跳び
包装
ソフトボール

帝堯の時代に、禹は、治水事業に失敗した父の後を継ぎ、舜に推挙される形で、黄河の治水にあたった。『列子』楊朱第七によれば、このとき仕事に打ち込みすぎ、子供も育てず、家庭も顧みなかったので、身体が半身不随になり、手足はひび・あかぎれだらけになったという。しかしこの伝説は、どうも元来存在した「禹は偏枯なり」という描写を後世に合理的に解釈した結果うまれた物語のようである。『荘子』盗跖篇巻第二十九には「尭は不慈、舜は不孝、禹は偏枯」とあり『荀子』巻第三非相篇第五には「禹は跳び、湯は偏し」とある。白川静は『山海経』にみえる魚に「偏枯」という表現が使われていることから、禹は当初は魚の姿をした神格だったという仮説を立てた。実際「禹」という文字は本来蜥蜴や鰐、竜の姿を描いた象形文字であり、禹の起源は黄河に棲む水神だったといわれている。

そしてこの「偏枯」という特徴を真似たとされる歩行方法が禹歩であり、半身不随でよろめくように、または片脚で跳ぶように歩く身体技法のことを言う。禹歩は道教や中国の民間信仰の儀式において巫者が実践したやり方であり、これによって雨を降らすことができるとか岩を動かすことができるとか伝えられている。日本の呪術的な身体技法である反閇(へんばい)も『下学集』などの中世の辞書では禹歩と同一視されているが、必ずしも同じであったわけではないらしい。

2009年06月05日

那須氏(なすし)は下野国那須郡発祥

那須氏(なすし)は下野国那須郡発祥。藤原北家長家流とされる。

藤原道長の六男・藤原長家の孫藤原資家を祖とし、元は須藤氏を称していたが、那須資隆(太郎)の時、那須氏を称したとされる。一般には屋島の戦いで扇の的を射落とした那須与一で知られるが、吾妻鏡によって明確に存在が確認されるのは鎌倉時代初期の那須光資からであり、与一の存在も含めそれ以前の系図や事跡、伝承には疑わしい部分も多い。

鎌倉幕府成立後は御家人となり、室町時代には最盛期を迎え、結城氏や佐竹氏と並んで、『関東八屋形』のひとつに数えられた。しかし15世紀前半に上那須家と下那須家の二つに分裂して衰退。永正11年(1514年)、上那須家が内紛により滅亡し、下那須家の那須資房が那須氏を統一するが、その後は宇都宮氏や佐竹氏との抗争に明け暮れる。天正18年(1590年)、那須資晴が豊臣秀吉の小田原征伐に遅参したため所領を没収されたが家臣・大田原晴清の陳謝で資晴の子・那須資景に五千石を宛てがわれ、かろうじて改易は免れた。
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関ヶ原の戦いでは東軍に属し、江戸時代には下野那須藩1万4千石の大名となる。3代藩主那須資祗の時、2万石に加増され同国烏山藩に転封。しかしその養子那須資徳がお家騒動(幕法違反)により改易され、以後千石の交代寄合として明治維新まで存続した。なお、この那須氏の末裔(直系に当たる)が昭和初期に起きた弘前大学教授夫人殺人事件の被告人となったが、裁判により冤罪とされている。

2009年05月02日

太平洋の貿易風が大西洋

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ウルダネータは、太平洋の貿易風が大西洋と同様に輪を描いているのではないかと考えた。大西洋では、船を風に乗せるために、ボルタ・ド・マールと呼ばれる大きな弧を描く航路が用いられていた(マデイラから、直線では北東にあるヨーロッパに戻る際に、風を捕まえるため一度西に向かう)。ウルダネータは、北に行けば東への貿易風をとらえることができ、北米西海岸に着くと考えた。ウルダネータは北緯38度まで北東に進み、そこから進路を東にとった。予想は的中し、カリフォルニアのメンドシノ岬付近にたどり着いた。そこからアカプルコへは、海岸に沿って南に進むだけで良かった。この航海では乗組員の多くが死んだ。積み込んだ食料が長い航海には足りなかったのだ。

18世紀まではあまり北寄りでない航路が採られていたが、航海士たちは、カリフォルニアの霧に閉ざされ、しかも入り組んでいる海岸を避けた。「彼らはコンセプション岬からサンルーカス岬にかけての海岸に到着することを目指した。彼らはつまり、まったくの商船乗りであり、探検は畑違いだったが、彼らの偶然の発見は歓迎された」

アルタ・カリフォルニア探検のきっかけは、行程の最終段階における(航海で損傷しているかも知れない)マニラ・ガレオンのための寄港地探しだった。はじめはあまり顧みられなかったが、18世紀後半には数隻のマニラ・ガレオンがモントレーに寄港した。

2009年04月18日

狩猟採集社会

狩猟採集社会(しゅりょうさいしゅうしゃかい)とは、主に人類学上の言葉で、野生の動植物の狩猟や採集を生活の基盤とする社会を指している。

狩猟採集者たちは、移住を続け、流動的な共同体の境界や社会構造をしていた。 考古学上の発掘によると、1万年から1万5千年前の間は、人間はすべて狩猟採集社会であった。 現在、狩猟採集社会は、北極圏や熱帯雨林、砂漠などに存在している。また、ほとんどの狩猟採集社会には、連続的な歴史の記録がない。それゆえ「歴史なき社会」、記録がなかったことから「無文字社会」とも呼ばれる(ただしこれらの総称の中には農耕社会や牧畜社会も含まれる)。

19世紀から20世紀にかけては、社会進化論に基づいて狩猟採集社会→農耕社会という「進化」を世界的に適用する論者もいたが、これは本来自文化中心主義的な西欧人による理論であり、狩猟採集社会が農耕社会に劣っているという主張もまた同様に自文化中心主義的なものでしかない。

狩猟採集社会の人口密度はとても低いが、農耕をするようになると、1エーカー(約4047平方m)の土地で、60人から100人を養えるようになり、人口を増やすことができた。

狩猟採集社会の社会構造は多様である。ある社会には首長がいるし、そのような存在が確認されない社会もある。 一般的に見て首長に権力は存在しない。首長が権力を持とうとするのを妨げる集団世論が働いているのである(ピエール・クラストル『国家に抗する社会』参照)。ただし戦時中のみは一人の人間(指導者)に権力が集中する。代表的な例が北米のジェロニモである。しかし、彼は戦争が終わってからも戦時中の指導者としての地位を保とうとしたために、その後の生涯はみじめなものとなった。
メソッド ディスポ ワシン ナギイ 十字星 ケルセ ロービ はつい バナナの涙 鹿鳴つまみ 延暦 スーパー ハリケーン ノンブル タイム メラネシア メラルド スタンバイ ダイク スパン バックナ きゃべつ マスアミ ジャテラ ローフ レクイエム がいがん トリプシ リップ ハーピー ドラス ハゲイ トッカ リグナビ ハット チューリ ランド フラック ツンドラ せろりあ サフ たぬきじる め組最 エスキナ パスモ かたしな レジューム プラン オーバ ソビエト

以前は「余剰食物が出ることは稀」とされていたが(生存経済)、民族誌の蓄積により、彼らは生存に必要な量の倍の食料を生産でき、さらに原始農耕よりも労働時間が少ないことが判明している。また、ほかの「無文字社会」においても農耕社会における労働時間は、現代の我々(日本人)と比してかなり少ない。 専門的な指導者や役人や職人といった人たちは滅多にいないが、ジェンダーによる職業の分離などは行なわれている。

農耕社会と狩猟採集社会の境界線は明確ではない。 多くの狩猟採集者は、食料となる植物を増やすために、その土地の他の植物を伐採したり、焼いたりといった方法を用いていた。 また、農耕者たちも狩猟や採集を続けている場合や、温暖な時期に農業をし、冬になると狩猟をするという場合もあった。

2009年04月03日

四股名 (しこな)

四股名 (しこな) とは、日本の国技「相撲」における力士の名前である。

もともとは醜名と書いた。この場合の「醜」とは「みにくい」という意味ではなく、「醜男」などの言葉と同じように「逞しい」という意味である。いつからか四股と相まって「四股名」と書かれるようになった。しこ名と書かれることも多い。

改名するときは、各場所の千秋楽から番付編成会議までの間に改名届を提出し、編成会議において承認される。
キンキ ツバター 夜の足音 きこう シーメー ミーンズ シャーク ニュピ 新秋柿 チャー インス 線香花火 オーピ スチーマー トレッチ ふくいく リバティプ リトミック ターメ スピーカー ノーシャ パラフィン ルコウソウ パルサー ギニョー ホウセン フォー ウォー でらいと ケット おおわ ハック バンクス レンテン ナンバー ゆうな トロイ パルテ フェースオ ゼラチン シャク ステレオ アーム マウンド ミゼラブル マインド スイング じょうめ メタリック 浦島太郎

歴史 [編集]
四股名の誕生は江戸時代、興行としての勧進相撲が始まった頃からと考えられている。例えば「信長公記」など戦国時代の歴史書にあらわれる相撲取りは、本名かそれに準ずる通り名などで相撲を取っていた。

職業として相撲を取る者があらわれたことで、四股名が用いられる様になったが、当初は古典に登場する豪傑の名をとったような、荒々しいものが多かった。

由比正雪の謀反事件の後、江戸幕府によって一時期四股名の使用が禁じられた。叛意を持った浪人が来歴をいつわって相撲取りの巡業の中に潜伏するようなことを、取り締まるためだった。やがて幕政が安定すると、これも解禁され、谷風梶之助、小野川喜三郎らの活躍する寛政期になると、現在に通ずるような勇ましさだけでなく優雅さを強調した、「山」「川」「花」「海」といった文字を盛り込んだ四股名が使われ始めた。

現在では、「朝青龍明徳」の「朝青龍」のように、一般で言う「姓」の部分が四股名であるという認識が強いが、かつては「姓+名」までが四股名だった。例えば、現存する最古の相撲部屋のひとつである高砂部屋では、師匠が代々「高砂浦五郎」を襲名しているのを始め、部屋ゆかりの四股名にも「小錦八十吉」「朝潮太郎」など姓名がひとくくりになったものがあり、その名残を残している。

近年の傾向として、かつてほど「山」や「海」が用いられなくなっている。日本人の郷土意識の希薄化と、自然破壊の進行でかつての名勝地でも荒廃がすすみ、避けられるようになったことが、要因としてあげられる。「川」は、山や海よりも前に若瀬川あたりを最後として四股名から消えた。川は流れるので星も流れるというので好まれなくなったという。一方、琴欧洲、把瑠都のように郷土を遠く離れた外国出身力士に郷土ゆかりの四股名が目立つが、欧州、東欧などの漠然とした地名や「把瑠都」など強引とも取れる当て字の使用に関しては批判もある。また、トンガ王国出身ということで「南ノ島」と安直?な四股名を付けられた挙句、勝ち名乗りの際に行司が四股名を忘れて「トンガ~」と勝ち名乗りを受けた南ノ島勇(南乃島勇の父)のような力士もいた。

また、垣添、片山のように学生相撲出身力士が十両、幕内に昇進しても本名で取り続けることが多くなってきている。幕内力士が最初に本名で土俵に上がった例は1947年6月場所で入幕した岩平貞雄だが、これは幼少のときに生き別れた母親に健在を知らせ、名乗り出てほしいという希望をこめたものと言われている(しかし母親は現れず、一場所で若葉山貞雄と改称した)。

他に、四股名として使うことが忌み嫌われている字も存在する。一般社会での「名前に付けるのが相応しくない字」に含まれるものは当然であるが、北勝海が出身地十勝からとって「北十海(ほくとうみ)」とする予定のところ親方に「十勝止まりのようで縁起が悪い」と言われて、ほくとうみの読みはそのままで「北勝海」と名乗ることになった例のように縁起を担ぐ場合がある。変わった例では、「土左衛門」の語源になった成瀬川土左衛門という四股名があるが、成瀬川土左衛門は勿論成瀬川だけですらここ百年以上名乗った関取はいない。

分類 [編集]
自然現象などに由来
谷風、雷電、稲妻など。
郷里の地名、名勝などに由来
常陸山、栃木山、三重ノ海、霧島、岩木山、戦闘竜、黒海など。
本名
成山、輪島、蔵間、柳川、出島、十文字など。
恩人の名前、母の旧姓などに由来
前田山、吉葉山、寺尾など。
古典文学などに由来
双葉山、男女ノ川、大鵬、大受など。
師匠や先輩の四股名から文字を受け継ぐなど
千代の山-北の富士→千代の富士→千代大海、双葉山-羽黒山→双羽黒、増位山→増健など。
母校に由来
栃栄・豪栄道(埼玉栄高等学校)、朝青龍明徳(明徳義塾高等学校)など。
部屋ごとに四股名に決まった文字をつける例
出羽海部屋の「常」「常陸」「出羽」、春日野部屋の「栃」、佐渡ヶ嶽部屋の「琴」、片男波部屋の「玉」、友綱部屋、放駒部屋の「魁」、伊勢ヶ濱部屋(旧安治川部屋)の「安」、大島部屋の「旭」、玉ノ井部屋の「東」、入間川部屋の「司」、追手風部屋の「大翔」「追風」、時津風部屋の「時(津)」「双」「豊」、尾車部屋の「風」、井筒部屋の「鶴」、高田川部屋の「前」、九重部屋の「千代」、八角部屋の「北勝」「保志」、高砂部屋の「朝」(旧若松部屋も)、「富士」を前につける(旧富士ヶ根部屋より)、三保ヶ関部屋の「増」など。多くは部屋の名前あるいは師匠や創設者の現役名に由来する。
出羽海部屋や立浪部屋などのように、入門からしばらくは「出羽田中」「立山田」のように「(部屋の文字)+本名」(他に同名の力士がいない場合は本名のまま)を名乗らせ、幕下にあがるか関取になって初めて四股名を名乗らせる習慣を持つ部屋もある。また、高田川部屋は高田川親方(元大関前の山太郎)が2006年1月場所で「日本人にとって大切な名前。国技の中で、この名前を大事にしていこうという者がいてもいいだろう」という理由から、所属力士の多くが下の名を「太郎」に改名した。
伊勢ノ海部屋の「柏戸」「藤ノ川」、高砂部屋の「小錦八十吉」「朝潮(汐)太郎」、井筒部屋の「西ノ海」「源氏山」「逆鉾」「星甲」、出羽海部屋の「両國(国)梶之助」のように、それぞれの部屋代々で受け継がれてきた、ゆかりの四股名も存在する。これらの名はある程度番付を上げないと襲名を許されないことが多く出世名と呼ばれる。

2009年03月19日

ウツソン離脱後の建設

ウツソン辞任の時点で、工事の第二段階はまだ続いていた。彼の地位は数人の建築家に引き継がれることとなった。ピーター・ホール(Peter Hall)がまず設計者の地位を受け継ぎ、内装に責任を負った。その年のうちに政府の建築家E.H.ファーマーや、D.S.リトルモア、ライオネル・トッドらが設計者の地位につき、共同で建設の監督にあたった。

ウツソンの離脱後にデザインに変更のあった部分は4つある。

台壁の覆いと舗装材。台壁は当初むき出しのままの予定で、海面下まで覆いをかぶせられる予定はなかった。周囲の舗装材も、ウツソンが当初選んだ材料とは異なっている。
ガラス壁の建設方法。ウツソンは合板であらかじめ作っておいた窓の縦仕切り材をシステマチックに使用してガラス壁建設を簡略化する予定だった。ウツソン離脱後、建築家たちはガラスのはめ込み方について独創的で簡便な方法を考案したが、問題意識は偶然同じでもデザインはウツソンのものと異なっている。
ホールの利用目的。大ホールは当初オペラやコンサートを行う多目的ホールとする予定だったが、ウツソン離脱後はコンサート専用ホールになった。演劇専用の予定だった小ホールには、オペラも上演可能な機能が追加された。さらに二つ劇場が追加されたため、建物内部の平面計画(間取り)は完全に変更され、すでに設計され大ホールに搬入されていた舞台用の機械類は搬出されてほとんどが廃棄された。
インテリアデザイン。ウツソンによる合板製の廊下のデザインや、大小ホール内の音響用デザイン、座席のデザインなどは完全に没となった。ウツソンはホールの音響をデザインの基礎においており、内壁や座席などのデザインは簡便化のためモジュール化され、同時に音響的にも完璧であることが求められていた。現在の内装は次善の策といえるものである。
こうしてオペラハウスは1973年に完成した。州政府による当初の完成予定日は1963年1月26日であったため、10年遅れの完成であった。また総工費は1億200万ドルに達し、当初予定の700万ドルの14倍以上になった。工費は宝くじ資金などにより1975年に完済された。

オペラハウスに設置される世界最大級のパイプ・オルガン、グランド・オルガンは1979年にようやく完成した。1988年、オーストラリア建国200周年を記念してベネロン・ポイント西側に遊歩道が完成した。1999年には5番目の劇場であるプレイハウスが追加された。

2000年、ウツソンとの間で、オペラハウスの一部内装の再デザインの合意が交わされ、当初のウツソンの内装案がレセプションホールに実現した。2003年、ウツソンはオペラハウス設計の栄誉をたたえられ、シドニー大学から名誉博士号を授与された。高齢で旅行ができないウツソンに代わり息子が受け取ったが、同時にウツソンに対しオーストラリア勲章やシドニー市の鍵なども授与された。


開館 [編集]
1973年10月20日の杮落としではエリザベス2世が来場し、ベートーヴェンの第九を演奏した。

杮落としに先立ち、完成していた建物では二つのパフォーマンスが行われた。9月28日には、セルゲイ・プロコフィエフ作曲のオペラ『戦争と平和』がオペラ劇場で上演された。9月29日には、コンサートホールでの最初の演奏会が行われた。チャールズ・マッケラスの指揮、ビルギット・ニルソンの歌唱によりシドニー交響楽団が演奏を行っている。

なおオペラハウスの工事中にも、作業員に対し数多くのランチタイム・コンサートが行われた。未完成のオペラ劇場で1960年、最初にパフォーマンスを行ったのは、黒人バス・バリトン歌手のポール・ロブスンである。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

シドニーオペラハウスは完成以後、オーストラリアを舞台にした様々な映画のほか、映画のワンシーンでオーストラリアが舞台であることを説明するシーンなどにもたびたび登場している。(例:インディペンデンス・デイ、ファインディング・ニモなど)

1998年にはオペラハウス前で長野オリンピック開会式のための第九合唱が行われ、2000年のシドニーオリンピックでは聖火リレーの舞台になったほかトライアスロン競技のスタート地点にもなった。

2009年03月04日

神魂合体ゴーダンナー!!

主役ロボットのパイロットが「年の差カップルの新婚夫婦」という斬新な設定に加え、1970年代のスーパーロボットアニメを彷彿とさせる(宙明節全開の)テーマソングや熱いノリなど、新しい中にも懐かしさを感じさせる作品。また、ロボットアニメとしてのスタンスを守りつつ、様々な形の『恋愛』を描いていることも特徴であり、中には義兄妹同士や同性同士の恋愛をテーマにした異色のエピソードもある。ちなみに、タイトルは「新婚合体ゴオ旦那」という駄洒落でもあるが、それと同時に意外な意味も帯びている。

放映時期が近く、同じく2部構成のロボットアニメ『超重神グラヴィオン』とは作風や女性キャラの割合が高いことなどの共通点が見られ、共に「燃えて萌えるロボットアニメ」として比較されることもある(女性比率が高い両作品だが、グラヴィオンはメインパイロットに女性がいるものの、どちらかと言えばサポートに徹していたというイメージがあるのに対し、本作品はサポートとメインの両方に女性が存在するという点で、ヒロイン達の立ち位置が異なっている)。

登場キャラクターを演じる声優の多くを、リアルロボット系とスーパーロボット系両方のアニメで活躍する面々(石丸博也、檜山修之、石川英郎など)や、ゲーム『スーパーロボット大戦シリーズ』のヘビープレイヤーとしても知られる面々(緑川光、渡辺明乃など)が占めている。

西暦2042年、地球上では突如現れた未知の巨大生物「擬態獣」と、世界各国で開発されていた巨大ロボット達との戦いが繰り広げられていた。

日本のスーパーロボット「ゴーダンナー」のパイロット・猿渡ゴオは後に「巨神戦争」と呼ばれるボス擬態獣との決戦において、パートナーであり恋人でもあったミラ・アッカーマンを失ってしまう。だが、ゴオはそれと引き換えに、1人の少女の命を救っていた。その少女の名は、葵杏奈。

辛くも人類は戦いに勝利し、5年の歳月が流れた。しかし、世界各地ではまだ擬態獣の亜種が生き残っており、スーパーロボット達との戦いは続いていた。17歳の高校生となった杏奈はゴオと再会して恋に落ち、いつしか2人は結婚を決意する。だが結婚式当日、日本に擬態獣が出現。ゴオは式を途中で中断し、ゴーダンナーで出撃する。

しかし、杏奈はただ夫の帰りを待っているだけの女の子ではなかった! 杏奈はゴーダンナーのパートナーロボット「ネオオクサー」に乗り込み、自身も擬態獣との戦いに身を投じる! 果たして、2人は無事結婚することが出来るのか!? そして、世界の平和を守ることが出来るのか!?
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

猿渡 ゴオ(さるわたり -)
声 - 近藤孝行
主人公。かつての巨神戦争で活躍した伝説のパイロットの1人。主な搭乗機はゴーダンナー、ゴーダンナーTDM。
顔に似合わず甘い物好きで、私生活はだらしない。巨神戦争の最終決戦時に恋人のミラと戦友のマックスを失ったことで失意の状態に陥り、巨神戦争より5年後の現在では、只の冴えない男としてダンナーベースのクルー達の殆どから、半ば馬鹿にされている状態であった。だが、杏奈との出会いを経て生きる希望を取り戻し、結婚するまでに至った(この時点で結婚式は最後まで行われていない)。マドンナ扱いされている女性達にモテることから、周囲にはからかわれることが多い。
新婚以来、杏奈に「ゴオちん」と呼ばれるほどようやく掴んだ幸せであったが、死んだと思っていたミラの生還やラビッドシンドローム発症状態で復活したマックスによって彼女との関係が杏奈に知られてしまった件、そして復活したミラが再びパートナーとしてネオオクサーに乗り活躍した件などによって杏奈とすれ違いを繰り返し、更には自身のインサニアウイルス感染によってゴーダンナーへの搭乗を禁じられてしまったことで自らの存在意義を失い、苦悩と苦痛の日々へ陥る。そして、最終決戦では遂に自身もラビッドシンドロームを発症。杏奈の声援で正気を保ちながらも何とか擬態獣を撃破するが、蛹状態となってしまう。だが7年後、林の息子の遺伝子のお陰で復活。ミラのように一時は記憶を失ってしまうが、1年後には回復し、杏奈と遂に結婚を成立させる。
葵 杏奈 / 猿渡 杏奈(あおい あんな / さるわたり あんな)
声 - 中原麻衣
もう1人の主人公。ロボット工学の権威である葵竜也と葵霧子の間に生まれた娘。主な搭乗機は、ネオオクサー、ゴーオクサー。
家事全般が得意で、運動神経も抜群。芽花園学園のロボット部では、マドンナ的存在。かつて巨神戦争最終決戦時、ゴーダンナーに助けられたことでそのパイロットであるゴオと運命の出会いを果たす。その後もゴオを慕い続け、霧子の協力もあってゴオと共に結婚を誓う。だが、肝心の結婚式当日に運悪く擬態獣が現れたため、ゴオは杏奈を置いて出撃してしまう。波乱含みのスタートとなったが、教会の地下(旧ダンナーベース上に教会が建てられていたという設定)に封印されていた女性型ロボット「ネオオクサー」を発見。搭乗してゴオと協力し、擬態獣12号を打ち破ったことで、半ば強引にネオオクサーのパイロットとなる。
幸せ一杯な状態であったが、突如ゴオのかつての恋人であったミラの生還によって、2人の関係には亀裂が生じ始める。一時はダンナーベースから姿を消していたが、再び戦うことを決意し、ネオオクサーのプロトタイプ「ゴーオクサー」のメインパイロットとなる。その後も様々な苦難を経て、遂に最強の擬態獣を倒すが、蛹状態となったゴオの復活を待つのに、杏奈は数年の月日を費やすこととなる。実は林を助けた際に、「キャリア」となっていた。
本作はタイトルこそ「ゴーダンナー」であるため、主人公はゴオだと思われがちだが、実質上は杏奈が主人公の物語とも言える。
ミラ・アッカーマン
声 - 久川綾
ゴオの元恋人で、巨神戦争中はネオオクサーのメインパイロットを務めていた女性。復活後の主な搭乗機はネオオクサー。
愛するゴオを守るために身を挺して命を落としたと思われていたが、クラブマリナーに寄生していた擬態獣12号の中に取り込まれたために奇跡的に生存しており、殲滅後にクラブマリナーの中から発見された。しかし皮肉にも、ゴオと再会を果たした時には巨神戦争から5年も経っていた上に、ミラ自身も記憶や知能を失い、赤ん坊同然の状態であった。その後、あえて事実を知った(当初は知らなかったが)杏奈の介護によって、静流が一度命を落とした際に記憶を取り戻すが、それがまた皮肉にも杏奈とゴオの関係に亀裂を生じさせてしまう結果となり、ミラ自身もゴオが他の女性と結ばれ結婚してしまったという現実によって、絶望と苦悩を抱き続けることになる。そして、最強の擬態獣が出現した際にはインサニアウイルスと擬態獣に寄生されたゴオと心中しようと錯乱状態に陥るが、杏奈の説得に思い留まり、杏奈がゴオの元へ向かう手助けをすることになる。実はラビッドシンドロームの「キャリア」であり、数年後にはインサニアウイルスによって苦しむ人々を救う重要な鍵の1人として、女神に等しい存在となっていた。最終話では杏奈のゴーオクサーとペアを組み、「アンナミラーズ」と名乗る。
ラストはアニメ版、小説版、漫画版のそれぞれで違う。漫画版では杏奈と一緒にゴオとの式を挙げており、アニメ版や小説版では身を引いているが、前者では結婚式に参加していなかったのに対し、後者では式に出席している。
葵 霧子(あおい きりこ)
声 - 本田貴子
杏奈の母親。ロボット工学の有能な科学者で、ダンナーベース所長として総指揮を執る。
女子高生の娘を持つにもかかわらず年齢は35歳と若く(17歳か18歳の時に杏奈を産んでいる)、子持ちの人妻であることを感じさせない振る舞いを見せるため、彼女の身持ちを(ゴオ以外の)ダンナーベースのチームクルーは全く知らずにいた。かなりの一児の母だけあって、杏奈やルウといった子供達には母性的な優しさを覗かせることもある。ヘビースモーカーであり、メンソールのタバコを好み、男には容赦なく煙を吹きかける(しかし、杏奈を出産した直後は彼女のことを気遣ってか一時的にタバコを止めていたような描写がある)。最強の擬態獣を倒した数年後には、ラビッドシンドロームの影響で蛹状態になってしまったゴオを救うために、インサニアウイルスに関する研究に没頭している。
藤村 静流(ふじむら しずる)
声 - かかずゆみ
コアガンナーのメインパイロット。主な搭乗機は、コアガンナー、Gガンナー、ゴーダンナー、ゴーダンナーTDM、コスモダイバー(子機)。口癖は「私を誰だと思ってるの?」。
パイロット養成機関時代からの腐れ縁であるゴオにはずっと想いを寄せており、当時まだ小学生であった忍にとっては面倒を見てくれる姉のような存在でもあった。アメリカに向かってしまったゴオの帰国を誰よりも待っていたが、その時すでにゴオにはミラという恋人がいて、結局彼への思いは打ち明けられないまま関係は友人に留まり、恋愛までには至らなかった。ミラが死んだと思われ、ゴオが杏奈と結婚した後にもその想いは消えず、杏奈のミスでゴオが負傷した際には、嫉妬心も含めて思わず平手打ちを食らわせている。しかし、和解後には杏奈の良き理解者となり、訓練では彼女を熱心に指導する。ゴオがブレイドガイナーに敗北したショックで操縦桿を握ることすら出来なくなってしまった際には、一方的にゴオへ一杯奢って貰う約束をし、単独で擬態獣の殲滅に向かい彼の復活において大きな役目を果たすが、無理が祟って一度は命を落としてしまう。だが、ミラの「キャリア」の力によって蘇生。辛いリハビリテーションを乗り切り、再び杏奈の訓練のコーチ兼パイロットとして復帰する。ゴオのインサニアウイルス感染が確認された際には、彼に代わってゴーダンナーの操縦を担当した。最強の擬態獣を倒した数年後には、研究に没頭している霧子に代わって、ダンナーベース総指揮の任に就く。
光司 鉄也(こうじ てつや)
声 - 檜山修之
Gガンナー及びGゼロガンナーのメインパイロットで、自称「静流のパートナー」。
典型的な熱血直情タイプで「オッケー!」が口癖(無茶の末に死んだと思われた際には「死んでません」)。第1話で重傷を負ったため、しばらく戦線を離れていたが、物語終盤で見事に復活した。年上(というより静流)が好みのタイプ。最強の擬態獣を倒した数年後には、パイロットとして活躍している影丸に代わって、ダンナーベースの指揮官となる。
名前の由来は、『マジンガーZ』の主人公・兜甲児と『グレートマジンガー』の主人公・剣鉄也。キャラクターデザインや戦闘コスチュームまで甲児に似たものとなっている。
マックス・ジュニア
声 - 石川英郎
ジャパンベース所属(現ダンナーベース)のパイロットで、ゴオとは同期であり親友でもあった男性。
友人想いな性格で、ゴオ同様にミラに想いを寄せていたが、彼になら任せられると信じ、自ら身を引く。巨神戦争で活躍したクラブマリナーのパイロットだったが、5年前の決戦で機体と共に行方不明となっていた。しかし、生きていたマックスはミラと共に、擬態獣12号と化したクラブマリナーから救出される。だが、意識を取り戻すと、5年前にミラを救えなかったゴオに怒りを覚えたことによりラビッドシンドロームを発症し始め、コアガンナーとミラを奪って暴走。最期は正気に戻ってゴオとも和解し警戒を促したが、ラボへ送られた直後に完全発症し、命を落としてしまった。
漫画版ではアニメ版同様に暴走するが、搭乗機体はネオオクサー。最後は正気に戻りゴオにミラを託した後、ネオオクサーの自爆シークエンスを入力し、壮絶な最期を遂げた。
なお、ラビッドシンドロームはそう名付けられる前、マックスの名を取って「マックスシンドローム」とも呼称されていた。
猿渡 忍(さるわたり しのぶ)
声 - 皆川純子
ゴオの弟。愛称は「忍っち」。
ゴオとはかなり歳が離れており、まだまだ少年といった面持ち。杏奈と同じ芽花園学園高校2年。学校では女子にモテモテだが、忍本人は杏奈に首ったけ。そのため、自宅ではゴオとのトラブルも少なくない。また、伝説のパイロットの弟なのにいつも何も出来ない自分にもどかしさとコンプレックスを感じており、ゴオがインサニアウイルス感染によりパイロットを降ろされた際には、無謀にもゴオに代わってゴーダンナーを操縦しようと考えたが、訓練を受けていないために無理であった。しかしそれ以降、密かに静流から訓練を受け、ゴオが最強の擬態獣を倒し蛹状態で回収された時には、改めてパイロットになることを決意した。その数年後には、ダンナーベースの正規パイロットとなり、クラブマリナーの後継機と思われるネオダイバーのパイロットとして(小説版と漫画版では蛹状態になったゴオに代わり、ゴーダンナーのメインパイロットとして)擬態獣と戦う。また、光司とは静流を巡って競うことにもなった。
影丸(かげまる)
声 - 山口太郎
ダンナーベースの司令。フルネームは不明。
感情を殆ど表に出さないが、実はかなりの熱血漢。霧子に密かな想いを寄せているが、彼女の夫である竜也が生きていたことは全くの予想外であった。そのショックからか、最強の擬態獣が倒された数年後には、コミッショナーズからの誘いを蹴って現役のパイロットとなっている。
葵 竜也(あおい たつや)
声 - 石丸博也
霧子の夫、杏奈の父親、そしてジャパンベース(現ダンナーベース)の創始者である男性。ゴーダンナーなどを開発した博士でもある。
かなり臭い台詞を言う、熱い熱血親父。行方不明と思われていたが、ある時は神父、ある時は長距離トラック運転手、ある時は校長、またある時は喫茶店マスター(どれも声で視聴者にはバレバレだったが)…といった様々な姿で、杏奈を見守り続けていた。しかし最終決戦直前、危機に陥ったダンナーベースへ遂に姿を見せたことで、皆を驚かせる。新婚時代まではヘビースモーカーだったらしく、霧子からは「たっちん」と呼ばれていた。
その声は勿論、若い頃の外見はいかにも『マジンガーZ』の主人公・兜甲児を彷彿とさせるものになっており、現在の姿もちょうど甲児が年老いたものに仕上げられている。

2009年02月13日

きゃんきゃんバニー

大学卒業を間近に控えていたが就職も決まらず、どこか満たされない主人公。そんなある日の深夜にコンビニで立ち読みをしていた所、まぶしい光と共にカワイイ女の子が現れた。かつて出会った女神スワティ。以前果たせなかった約束を果たすべく、新たな力を元に主人公に『女縁』を授けてくれるという。こうして主人公の新たな出会いが始まろうとしている……。
いしか ネーブル すたーふる リンホ オペミ 人気ツル タルク ガバナンス 二人のロ フォレ ギロチン トンコツ なか ダンス エベント タクティ タシケント バトンタ ポンプ グルーピー ツァイ ティッ フラット オーソ カルソ ラングド テニス ルチンスク プレーバコ とんだばや ピラカンサ パートタイ コネク ディア ミニチュア ラミア ルクソール ドアロック キンモ ビッグベン のあや フロイト リリー ビッグ ケワキ ハープ レンブ ビーエス ノッチ ロック

主人公(メインキャラクター)
声:― / 子安武人 / 三木眞一郎
ゲームのデフォルト名は河村耕平(かわむら こうへい)、ドラマCD1では大塚ゆうじ(おおつか -)、ドラマCD2以降は中村(なかむら)、OVA版はおちあい けんた。
設定上は前作『プルミエール』の主人公と同一人物で、本作時点では超三流大学飛鳥大学の4年生。「スケベ大王」の異名を持つ女好きながらもモテない冴えない男。しかしながら普通の人間には見えない物が見えてしまう特異体質なことからスワティらと知り合い彼女らを居候させており、その見返りとして女の子との縁を授けるよう要求する神をも恐れぬちゃっかりとした性格。変わったバイトをこなす妙なスキルの持ち主でもある。
スワティ
声:吉野茜 / 椎名へきる / 矢島晶子
前作『プルミエール』からのナビゲーターキャラで、本作ではメインヒロイン。七福神の一柱弁才天。前回失敗した主人公の「女縁」を成就させるべく、無断で北極紫微大帝の「星のカケラ」の力を使ってしまう。神なので触れる事ができず、基本的に主人公以外の人間には見ることも出来ない。口癖は『きゃる~ん☆』、名前は弁財天の元となった女神サラスヴァティー(Sarasvatī)のもじり、祖母の先々代の弁才天は江ノ島の江島神社に祀られている。
青山美沙生(あおやま みさお)
声:長崎みなみ / 松井菜桜子 / 同左
高校3年生の超難関女子大を目指す受験生。母子家庭で母親は有名女優、家庭環境と受験から来るストレスの気晴らしにディスコで踊りまくるのが趣味。性格はわがままで好き嫌いがはっきりしている。主人公とはデパートのバーゲンセールで出会うが、その際見つけた服を香織と奪い合って以来犬猿の仲、ディスコのお立ち台で張り合う。
桜沢香織(さくらざわ かおり)
声:夏野蛍 / 富沢美智恵 / 野上ゆかな
短大生。趣味はショッピングとディスコで踊る事で見た目も派手だが、実は真面目で家庭的な性格。新潟から上京し、恐竜博のコンパニオンのアルバイトをしながらアパートで一人暮らし。美沙生と張り合う一方大人気ないとも思っている。
久遠寺綾(くおんじ あや)
声:芽吹 / 篠原恵美 / 折笠愛
集談社の人気漫画雑誌「少年チャンプ」の編集長。父親は政治家で大富豪、大人の色香漂う女性で、仕事には妥協を許さない厳しい性格。趣味はドライブで愛車は赤のアルファロメオ ジュリア1600スパイダーのオープンカー。
杉田千里(すぎた ちさと)
声:こじまさとみ(現:児玉さとみ) / かないみか / こおろぎさとみ
高校生。好きなものは漫画・アニメ・特撮と典型的なオタク。特に漫画は自分で執筆するほど入れ込んでいるが、通っている学校が進学校なのと両親が厳格の為漫画のことは内緒にしている。「少年チャンプ」の愛読者で、主人公が編集長の綾と知り合いである事から主人公に興味を抱く。
若宮雪江(わかみや ゆきえ)
声:美都いずみ / 根谷美智子 / 同左
美沙生と千里が通う大手進学予備校の非常勤講師、担当は日本史。後に念願のテレビレポーターに転職する。父親は貿易会社勤務で、中学・高校は海外暮らしのいわゆる帰国子女。そのため考え方がややズレている。
坂本春菜(さかもと はるな)
声:鳩野比奈 / 久川綾 / 西原久美子
主人公がゲームセンターで出会う女性。童顔だが実は主人公より年上で、聖ルカ病院の准看護婦(今でいう所の准看護師)をしている。読書や園芸が趣味の物静かな性格。祖父はロシア人で病院の敷地内にある教会の神父であったが他界、彼女がシスターを兼ねている。クリスチャンネームは「ヴィスナ」(visuna、ロシア語で「春」の意)。霊感が強く主人公以外ではスワティの姿が見える数少ない人物。
彼女のシナリオはポップでギャグな内容が多い本作でも重いテーマ(太平洋戦争とそれにともなう旧日本軍について一部描かれる)で、PC-FX版製作時には一番シナリオが書き換えられた。また、髪はゲーム版はピンクだがOVA版では金髪になっている。
高岡麻理(たかおか まり)(パソコン版のみのヒロイン)
声:― / ― / ―
主人公がアーケード街の小物屋で出会う女性。このお店で店員として働いている。楽天的な性格で主人公ともふとした勢いで交流を持つようになった。彼女とは個別シナリオがあるわけではなく、坂本春菜シナリオの途中で彼女とも・・・と言う形になっている。他の女性陣とは違いスワティによる縁結びとは関係なく主人公がゼロから縁を作り上げた形になる女性である。
サワディ(PC-FX版、セガサターン版の追加ヒロイン)
声:長崎みなみ / ― / 白鳥由里
『きゃんきゃんバニーリミテッド 5 1/2』のヒロインで逆移植されたキャラ。設定は『きゃんきゃんバニープルミエール2』を引き継いでいる。
東山日奈緒(ひがしやま ひなお)
声:長崎みなみ / ― / ―
石鍋環(いしなべ たまき)
声:歌織 / ― / ―
共に『きゃんきゃんバニープルミエール2』のヒロインで逆移植されたキャラ(詳細は後述)で、ストーリーはその後日談である。
七福神(サブキャラクター)
スワティと共にやってくる神で、6柱全員2頭身のSDキャラとなっている。
玉蘭(たまらん)
声:歌織 / ― /
宝くじを売り歩くネコミミの謎の少女。エクストラ時点での次回作のナビゲーター候補。「玉蘭」の通常読み下しは「ぎょくらん」となるが、作中のひらがな表記と後の音声入り作品から「たまらん」読みが公式となっている。なお、結局きゃんきゃんバニーシリーズの製作が止まったこともあり他作品2作に出ただけにとどまった。
北極紫微大帝(ほっきょくしびたいてい)
北斗七星を司る神。スワティが無断で「星のカケラ」を使った為、回収(主人公がカケラを持ったヒロインと結ばれる)出来なかったときはスワティを自分の妻になるように要求してくる。作中ではグラフィックは存在しない。
シュリー(OVA版オリジナルヒロイン)
声:(非公開)
スワティの友人で吉祥天を司る女神。スワティが気にかける主人公けんたに興味を持ち人間界にやってくる。名前は吉祥天の元になった女神ラクシュミのもじり

2009年01月27日

日本本土空襲(にっぽんほんどくうしゅう)

日本本土空襲(にっぽんほんどくうしゅう)は、第二次世界大戦に於いて日本本土に対して行われた連合国軍による空襲。特に1944年末頃から熾烈となった。その結果、日本全国の主要都市の殆どが灰燼に帰し、空襲は1945年(昭和20)8月15日の終戦当日まで続いた。また、末期には機動部隊艦載機や硫黄島から飛来する単発機による爆撃や機銃掃射も行われた。なお、幾つかの都市では、空襲とあわせて艦砲射撃も行われており、本稿でも記載する。

この結果については、戦後、米国戦略爆撃調査団による報告書が出されている。
日本本土の初空襲は1942年4月18日のドーリットル空襲で、航空母艦から陸上機であるB-25中型爆撃機を発進させ、空爆を成功させた。この空襲は大本営に危機感を抱かせ、ミッドウェー海戦に繋がった。
ターラン ジープ 指相撲 ギスタン ピアサ ネンタケ リーズ ろくめい レヤイ モルタ つちいろ ダム最適 スモークン シンク ランス スキャッ テヘラ プロケド キックバ バングル シングル ジェルボア ロフト カッサバ ネーズ ロース あわゆ マイド スローキ くわがた ナノマ ミネラル イミテー 桃一郎 ノット マップマット すくね ロール ウォッチ オードュ イズム スタン トレー ドラッスト トラフ ハインド シナサ ジット 邪馬台国 エッフェル

その後、B-29戦略爆撃機による本格的な大規模空襲は1944年6月より北部九州に対して中国大陸の基地から行われた。同月マリアナ諸島が陥落すると、東京をはじめ日本本土の大半が爆撃圏内に入り、1944年末頃から空襲は熾烈化した。但し、B-29の航続距離限界から北海道に対する空襲は 空母艦載機及び艦砲射撃に限定された。

軍需工場が主たる目標となっていたが高高度爆撃であったために精度が低く被害は限定的で、爆撃を指揮していたヘイウッド・S・ハンセル准将は人道的な配慮から民間施設への空襲は行わなかったが効果が低かった為更迭され、1945年1月に無差別爆撃を主張するカーチス・ルメイ少将のグアム島第21爆撃集団司令官への着任以降、無差別爆撃へと移行した。

その結果、日本のほとんどの主要な都市が空襲に遭い、特に主要な都市は大規模空襲に遭った。また、釜石、室蘭、日立、清水、浜松など、製鉄所や軍需工場が存在するいくつかの工業都市は艦砲射撃によっても破壊された。

中でも同年3月10日の東京大空襲は一夜にして死者10万人という未曾有の被害を出した。

しかし、その中で京都は、大都市にもかかわらず大規模空襲に遭っていない(後年誤解されがちだが、まったく空襲がなかったわけでは無い。後述するように京都も何度か空襲の被害を受けている)。これは原爆投下目標の候補の一つであったためであり、投下目標都市の広島・京都・小倉・新潟には大規模空襲が禁止されていた。だが陸軍長官スティムソンが、宗教・文化の中心である京都の破壊による戦後処理への影響を考慮して京都案に反対。最終的に投下目標都市は広島・小倉・新潟・長崎となった。

また文化財保護の目的で作成されたウォーナーリストによって京都の大規模空襲が避けられたという逸話が戦後すぐに日本国内で流布されたが、このリストは文化財返還および賠償弁済のための資料であったという説も主張されている。ドレスデン爆撃やモンテ・カッシーノ寺院空襲の例もあるように、アメリカ軍は歴史文化財へ特別な考慮を払っておらず、京都が大規模空襲に遭わなかったのはアメリカ軍の歴史文化への敬意に基づくものではない。

アメリカ軍による民間人への無差別爆撃は戦時国際法違反だとの意見は未だ根強くあるが、サンフランシスコ講和条約によって日本国政府がアメリカへの補償請求権を放棄したため、無差別爆撃に関する補償は行われていない。

1942年4月18日 ドーリットル空襲
1945年2月15日 米空母機動部隊艦載機による本土初空襲。関東の軍需工場が標的。
3月10日 東京大空襲 死者約8万~10万。負傷4万~11万名。焼失26万8千戸。
4月13日 城北大空襲 B29・330機。死者2459名。焼失20万戸。主として豊島・渋谷・向島・深川方面。
4月15日 B29・202機。死者841名。焼失6万8400戸。主として大森・荏原方面。
5月24日 B29・525機。死者762名。焼失6万5千戸。主として麹町・麻布・牛込・本郷方面。
5月25日 B29・470機。死者3651名。焼失16万6千戸。主として中野・四谷・牛込・麹町・赤坂・世田谷方面。
東京は1944年11月14日以降、上記の大空襲を含む106回の空襲を受けた。

名古屋
1944年12月13日以降、名古屋は軍需工業地帯が集中していたため下記の大空襲を含む63回の空襲を受けて死者8630名、負傷者11164名、罹災者52万3千名の被害を出した。実際には死者は1万名以上にのぼるとみられる。

1945年3月12日 名古屋大空襲 B29・288機。死者602名。負傷者1238名。全焼2万9千戸。
3月19日 死者1037名。負傷者2813名。焼失3万6千戸。
5月14日 B29・480機。この日の空襲で名古屋城が焼失した。
6月9日 熱田空襲 B29・43機。死者2068名。負傷1944名。
6月21日 B29・120機。死者426名。負傷者327名。

2009年01月19日

浴衣(ゆかた)

浴衣(ゆかた)は和服の一種である。

平安時代の湯帷子(ゆかたびら)がその原型とされる。湯帷子は、平安中期に成立した倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)によると、内衣布で沐浴するための衣とされている。この時代、複数の人と入浴する機会があったため、汗取りと裸を隠す目的で使用されたものと思われる。素材は、水に強く水切れの良い麻が使われていたという説がある。安土桃山時代頃から、湯上りに着て肌の水分を吸い取らせる目的でひろく用いられるようになり、これが江戸時代に入って庶民の愛好する衣類の一種となった。「ゆかた」の名は「ゆかたびら」の略である。

通常は木綿地の単物で、和服の中で最も単純かつ基本的な構造となる(このため戦後のある時期まで家庭科の授業では浴衣を縫うことが多かった)。着用の場合には、本来は素肌の上に直接着るものとされており、近年では下着を着用することが多くなったが、それでも和装用スリップや肌襦袢程度である。生地が薄く、開放的で風通しがよいことから、もっぱら夏場や湯上り、あるいは寝巻きとしての用途が主である。また、男子は三尺帯、女子は半幅帯で着るのが古風であるが、明治以降兵児帯(へこおび)が流行したこともあって、これを用いることもある。さらに最近では男子は角帯を用いることも多い。角帯は元来浴衣には合わせないものとされていたが、この意識は薄れつつあるように見受けられる。事実、浴衣と角帯のセットで販売されることも珍しくない。

浴衣に合わせる履物は、素足に下駄が一般的である。浴衣と下駄はセットでも販売されているが、もちろん下駄は好みのデザイン・鼻緒でよい。最近では浴衣に足袋をはいて草履や雪駄を履くこともしばしば見られ、さらにはビーチサンダルや洋服用のサンダルを合わせる人もいる。

元来が略装の最たるものであるから、浴衣で出かけられるのは気取らない場所にかぎり、この格好で人と会うのは失礼とされる。ただし現在では和装そのものが稀になりつつあることもあり、こうしたしきたりをあまり感じない人も多い。むしろ、夏の祭りなどの行事に浴衣をわざわざ着て行く以外に、習慣として和服を着る機会が少なくなっている現在、浴衣の着る機会の多い若い女性を中心に、浴衣は略装であるという感覚も失われつつある。

現代の日本の生活で浴衣が用いられるのは、主に花火・縁日・盆踊りなどの夏の行事である。また温泉街では浴衣を着て下駄を履くのが雰囲気を出すのに重要として、浴衣着用を前提としたまちづくりをしてあるところもある。浴衣は色鮮やかで、下駄も音が好まれるため、祭り、温泉とも華やかな雰囲気になるとして、浴衣・下駄着用前提の取り組みは増えつつある。デパートや商業施設、観光関係やサービス業の従業員など夏の制服として着用する例も多くなった。近年女性用ではミニスカートのように裾が膝より高いタイプも存在する。

最近では、温泉街や祭りなどを鮮やかにするため、みんなで気軽に浴衣姿になってもらおうと、旅館で宿泊客に浴衣と下駄を貸し出したりプレゼントする、観光施設で浴衣を貸し出すところも出るなど、浴衣は人気があり、浴衣が温泉地の一種のリゾートウェアとなった。

また日本独特の風習として、旅館やホテルに寝巻きとして客用の浴衣が用意してある場合が多い。 また、日本舞踊などのお稽古着として使用されることもある。

浴衣はもともと白地の木綿を藍で染抜くのが原則で、柄も大胆なものが多かったが(右図参照)、近年では和服を着る唯一の機会が浴衣ということも多くなり、華やかな色合いと柄のものなど多様化してきている。生地も、浴衣本来の木綿ではなく、麻を混ぜたものやポリエステルなどを用いたものも多い。浴衣の多様化によって、かつては一目瞭然であった浴衣以外の着物との境界は極めて曖昧になっており、柄によってはひとえの着物として着用できるものも現れている。

和服のなかでは比較的安価であることから、別誂えの反物を染めて歌舞伎役者などが贔屓への配りものとすることも多かったが、最近ではこうした風習も徐々に少なくなりつつある。角界にはまだかろうじて、関取が自分の名前の入った浴衣生地をひいき筋や他の相撲部屋に贈るという風習が残っている。もちろん、自分の気に入った柄で、オリジナルな浴衣を仕立てる力士もある。
ミング カメリア ハード ナーナ バスロフ バイザー シースルー ピンポン アール キンメイ おもいで モスク バゲージ きらめき ワシン ステージ ドンキ バージョ トンガ スノイズ 春が来た ガスマ オープン チルド シクラメ オーバ ケール バタリアン オカル イシュー トップ スタイ スロバキア ミドルエ ミニマム マキドイ フェイ 王様の楽園 ミラー フーズフー 時の風 リーバイ ゴユリ レイキャ ブラン フリップ ショット ホイール ガーデ アルフ


乞巧奠(きっこうてん)の慣習と織女祭に因み、日本ゆかた連合会により7月7日がゆかたの日と制定されている。

着付けも普通の和服に比べて比較的安易で、かつ安価であることから、民族衣装として、手頃なお土産物や通販などで外国人にも人気がある。そしてもちろん、日本人に現在も愛され続ける伝統文化の一つである。