« 狩猟採集社会 | メイン | 那須氏(なすし)は下野国那須郡発祥 »

太平洋の貿易風が大西洋

専門学校・学習関連学習ひろば総合
水族館・旅行関連観光スポット総合
ティータイム美容整形検索エンジン
フィート 最強のビジネス情報
ベーシック・ツーライフスタイルストア-情報
アップフィールド医学百科情報
メタルデテスお買物上手!COM
外国語・語学関連教育ひろば紹介
動物園・交通関連ツアーサーチ
サル・ヴェール美容・エステ紹介

ウルダネータは、太平洋の貿易風が大西洋と同様に輪を描いているのではないかと考えた。大西洋では、船を風に乗せるために、ボルタ・ド・マールと呼ばれる大きな弧を描く航路が用いられていた(マデイラから、直線では北東にあるヨーロッパに戻る際に、風を捕まえるため一度西に向かう)。ウルダネータは、北に行けば東への貿易風をとらえることができ、北米西海岸に着くと考えた。ウルダネータは北緯38度まで北東に進み、そこから進路を東にとった。予想は的中し、カリフォルニアのメンドシノ岬付近にたどり着いた。そこからアカプルコへは、海岸に沿って南に進むだけで良かった。この航海では乗組員の多くが死んだ。積み込んだ食料が長い航海には足りなかったのだ。

18世紀まではあまり北寄りでない航路が採られていたが、航海士たちは、カリフォルニアの霧に閉ざされ、しかも入り組んでいる海岸を避けた。「彼らはコンセプション岬からサンルーカス岬にかけての海岸に到着することを目指した。彼らはつまり、まったくの商船乗りであり、探検は畑違いだったが、彼らの偶然の発見は歓迎された」

アルタ・カリフォルニア探検のきっかけは、行程の最終段階における(航海で損傷しているかも知れない)マニラ・ガレオンのための寄港地探しだった。はじめはあまり顧みられなかったが、18世紀後半には数隻のマニラ・ガレオンがモントレーに寄港した。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.bkjcmd.org/blog/mt-tb.cgi/621

About

2009年05月02日 09:31に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「狩猟採集社会」です。

次の投稿は「那須氏(なすし)は下野国那須郡発祥」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35